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Reginella Campagnola~村の娘~

手作り生パスタ教室「Il Sole」の主催者が日々の生活をお伝えします。



2023年 :: 2023/02/01(Wed)

2023年がスタートして早一か月。
イタリア料理教室を始めまして2022年末で丸12年が経つことになります。
暗中模索した12年でした。初めてイタリアの家庭で食べた料理の暖かさを伝えたい。それが基本ではあるものの、世の中はSNSで写真が映えることが重要な時代で、あまりにも地味な見た目の家庭料理は時代には取り残されそうでした。料理学校でプロの料理を教えてくれたシェフ達も土着の料理に誇りをもっている強者ばかりで、決して「映える」料理ではなかったと思います。今月お越し頂く方達の中に教室設立当初から来て頂いている方が何人もいらして、そういう地味な料理を優しい笑顔で美味しいと励まして頂いて、今の教室の料理があります。本当に本当に感謝の念に堪えません。教室を始めた時にこんな気持ちで過ごせることを想像していませんでした。今年も健康に気を付けて皆様と皆様の周りにいらっしゃる大切な方達の健康を守るような料理を作って参りたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。

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1月はラザーニャを縦に巻いたロートロでした。
焼き物パスタは冬のごちそうですね。


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イタリア料理を知る その10 :: 2022/10/09(Sun)

この日のシェフ エンツォ・パッリの母上は、トスカーナ州シエナの名門キージ・サラチーニ伯爵家の料理人だったという。マグロの切身と辛味を利かせたレンズ豆、海の幸をふんだんに使ったカンノーリ、じゃが芋のフランとリヴォルノ風ヒメジのフィレ、スペルト小麦のプディング。

エンツォ・パッリに限らずシェフ達がリストランテの料理を作る時の一つの考え方として「古いレヒピを一旦分解し、再構築する。」と話してくれることが度々あった。古いレシピの構成要素を一旦分解し、別の素材に入れ替えたり、新しい料理法を使うのだ。郷土料理を一度分解して組み立てなおす。それにはその料理に対する深い理解がなければならない。長い時間をかけて淘汰され現在残ったその料理は、その時点で味の上ではもう工夫のしようもない程完成されたものだと思う。それをリストランテで出すために、できればオリジナル以上に美味しくしていくのは至難の業だ。

例えば、この日のメニューのじゃが芋のフランとリヴォルノ風ヒメジのフィレは、トスカーナの沿岸部の街リヴォルノの青朴な料理「ヒメジのリヴォルノ風」、これはヒメジという見た目もぱっとせず、味も淡泊な魚を丸ごとトマトで煮たものだが、リストランテの料理であるこの日の料理の作り方は違ってくる。まず魚を三枚におろして、その骨とトマトを一緒に煮て魚の出汁の効いたソースを作る。魚の方は、フライパンで静かに形を崩さないように焼く。それを薄切りにして広げたじゃが芋の上に立派な海老と一緒にそっと置いたら、オーブンで焼き、裏ごししたなめらかなソースをかけて勧める。確かに美味しいが、何か迫力がなくなってしまって味の上でも、実は見た目でも原形を超えられたかというと疑問だ。魚の形が崩れようがぐつぐつと煮た魚がドーンと目の前に置かれた方が私は気持ちが浮き立つが、このような料理はリストランテでは出せない。
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今や世界に冠たるモデナの「オステリア・フランチェスカーナ」は、まだその店が近所の人が気軽に料理を食べにくるオステリアだった時の名称をそのまま継承している例だが、イタリアの料理店は高級な素材を洗練された盛り付けで出す「リストランテ」と、家庭的な料理を暖かい雰囲気で出す「トラットリア」に分かれる。それよりももっと庶民的な「オステリア」はどちらかというと一杯お酒を引っかけに入るような店だ。但し現在では先の例も含めてトラットリアやオステリアと言ってもかなりの高級店もあるので、名称はその店のコンセプトを表している場合も多い。ただしリストランテと銘打っているからには、客が手で魚の骨をつまむような料理は出せない。ヒメジのトマト煮をなんとかナイフとフォークだけで食べられるように、粗野な郷土料理をリストランテで出すために工夫したのだ。
  
エンツォ・パッリの料理の一番のお気に入りは、「スペルト小麦のブッディーノ」。ルッカはスペルト小麦の一大産地で、正に地物の食材を使ったドルチェだ。小麦のプリンと聞けば驚くが、柔らかく煮た小麦と甘く爽やかなオレンジの果汁を合わせ、刻んだチョコレート、玉子そして生クリーム、もちろん砂糖も合わせてオーブンで焼いたもの。アマレーナのシロップ漬けと緩いチョコレートソースが添えられていた。この地域にしかないドルチェはとても美味しかった。シェフが「素朴極まりないが栄養があるし、保存もきくよ。」と言って誇らしげに出してくれた。(2010.3.11)


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イタリア料理を知る その9 :: 2022/08/04(Thu)

ルッカ県のカンパノリ生まれのジュセッペ・ジオルゲッティの料理は、この土地の素材を生かした心温まるものだった。鶏もつのラグーソースの揚げクロスティーニ、赤ピーマンの小さなスフォルマート、黒キャベツのラビオリ 松の実とトマトのソース、フラントイオ風ズッパ、のうさぎの狩人風、洋ナシのシャルロット。

またまたズッパの登場だ。学校が始まって一週間ほどしか経っていないが、ズッパがメニューに上がらない日はほとんどない。今日のズッパはフラントイオ風というルッカの伝統的な料理。黒キャベツや豆などのを入れて煮込む。

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私の手元にイタリアの商工協会Confcommercioが発行したルッカのオリーブオイルの歴史とそれを使った料理のレシピ集がある。学校を卒業して数年後、ルッカでアパートを借りた時に、私がイタリア料理を勉強していると知った大家さんが持って行きなさいと手渡してくれたものだ。その本の中にもフラントイオ風ズッパは出てくる。「ズッパ(Zuppa)という言葉は、水に浸したパンという意味の中世の言葉スッパ(Suppa)に由来する。数世紀を経て人々はこのスッパを、野原を歩いて摘んだハーブなどを加えるなどして、この上もなく、じつに見事なズッパという料理にした。」との説明書きの最後に、少量のエキストラバージンオリーブオイルによってより美味しさが増すとある。確かに濃度のあるズッパにオリーブオイルを垂らすと香りもよくなるし旨味も足されて、格段に美味しくなる。このフラントイオ風ズッパの写真には皿の縁に厚切りのパンがどっかりと置かれている。ズッパというとパンそのものが煮込んであるもの、トスカーナの郷土料理であるリボッリータ(再び煮るの意味)がそのタイプで汁で煮込んだパンがどろどろだ。また、この日のメニューのフラントイア風ズッパやズッパ・ディ・ペッシェのようにパンがそえられていて汁を染み込ませて食べるもの。それとは別に、由来とは違ってパンが見当たらないものもある。いづれにしてもしっかりとした濃度があるものだ。

数年前、ルッカの語学学校に通った時に、学校近くの家庭に食事つきで下宿させてもらったことがある。 夫婦と高校生の男子を筆頭に4人の子供がいる食欲旺盛な家族。朝はあわただしく、寝ぐせも可愛い子供達が缶に入ったビスケットをわしづかみにして学校に出かけ、昼は家でお父さんの作った大鍋一杯のパスタを食べていた。そして夕食はだいたい家で取った鶏のブロードを使ったミネストラ。ミネストラはパンが入らずズッパよりも濃度は薄くもう少しさらさらしたものだが、野菜が沢山煮込まれたスープの中にその日によってや豆やパスタを入れて出してくれた。その後はアリスタなどの肉を少し食べて終わり。この時は11月だったのでもう少し寒くなるともっとどろどろとしたズッパのようなものを食べているのだろうか。その前の年のほぼ同じ時期にやはりルッカでアパートを借りて滞在した時、よく通った総菜屋さんのスッパ・ディ・ファッロ(麦のズッパ)はしみじみと美味しかった。何度も買っていたら、「この方が美味しいでしょ。」とオリーブオイルをかけてくれるようになって嬉しかった。多分イタリア人はこういう野菜や豆の煮込みで健康を維持していて、日本のイタリア料理店ではあまり注目されないこ手の料理こそイタリア料理の最も重要な部分なのではないかと思う。
(2010.3.11)


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イタリア料理を知る その8 :: 2022/07/28(Thu)

リストランテ「Borgo San Jacopo」はフィレンツェに流れるアルノ川沿いにある。ぴしっとアイロンがかけられたしっかりと厚みのあるクロスがかけられたテーブル。その上には小ぶりなキャンドルと花が飾られていて、窓から見る夕暮れのアルノ川はなんとも穏やかで美しい。オーナーはイタリアが誇るフランド「フェラガモ」だ。この日の講師は、この優雅なリストランテのシェフであるベアトリーチェ・セゴーニ。金髪のショートカット、大きなクリスタルのピアスが明るい笑顔を一層華やかにしている。そして、その隣にいるのは学校の卒業生で長年シェフの右腕を務める賢さん。

この日のメニューは、ヤリイカの千切りとさやいんげんのインサラータ モデナのバルサミコ風味のイチゴ添え、あさりのリゾットのトマト包み、魚介のグロデット、ホワイトチョコレートとバニラのカップケーキ。 もともとファッション業界にいたシェフの料理は、プレセンテーションがとても洗練されていて今までの講師の料理とはその見せ方が明らかに違う。その見せ方を工夫する為の手のかけ方が違う。あさりのリゾットのトマト包みは、トマトを湯向きして薄くスライスしたものをプリン型の側面に貼り付け、中にあさりのリソットを詰めてお皿の上にそっと置いてから静かに抜く。お皿にぴたぴたとよそられたリゾットではなく、立体的な見せ方だ。薄く重ねられた赤いトマトの層にナイフを入れると、中からパセリで色付けされた柔らかなリゾットがとろっと出てくるのには驚きがある。

魚介のプロデットは、シェフの故郷であるマルケ州の、その昔は野生のサフランで色付けされていたという魚のスープ。食欲をそそるサフランの色と香り、決して煮崩れてはいない魚と立派な海老が置かれ、もともとは漁師たちが網にかかった小魚を使って作った料理とは思えない豪華さだ。
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全ての調理が終わった後にシェフに質問する機会を得た。美しい料理に興奮した私は「料理のインスピレーションはどこから得るのですか。」と勢い込んで質問した。「まずはイタリア料理の古いレシピから。大切にしているのは素材との対話。ただし、現代人の好みに合わせて、見た目も楽しめるような工夫は必要と考えています。」と、その後に「見た目は大切だけれども、一部のレストラン(当時スペインの高級レストラン「エル・ブリ」)がやっているような、素材を科学的に泡状にしたり、球状にしたりすることは、技術的には興味があってやってみたたけれど、イタリア料理は噛んで味わう料理なので必要のないことだと判断しました。イタリア料理は時間をかけて、火を使って作るものです。」とおっしゃってにこっと笑った。この返答には意外と言っては失礼だけれども、極めて正当、王道の答えが返ってきて、自分が華やかな料理に抱いていたある種の偏見を正されるような気がしてはっとした。例えば絵画からなどという答えがあるような気がしていたのだ。本質が違う。賢さんに「フィレンツェに来たら、お店に来てください。本当のリストランテの料理をお見せします。」と言われ、数週間後に日本から来た友人とフィレンツェで落ち合った時にお店に伺った。

全てのお料理を少量ずつ食べられるデグスタッツィオーネとそれに合わせたワイン。店内のしつらえはもちろん、デグスタッツィオーネでさえも完璧に盛り付けられた美しい皿の数々、サービスの人達のスマートな物腰も含めてリストランテの世界はこういうものということが少しわかったように気がした。料理が一番重要だが、全てが揃った劇場で人は味わい遊ぶ。帰り際にはベアトリーチェと賢さんが出て来てくれてお話しをしたが、気が付くと大きな体の賢さんの肩にベアトリーチェが顎を乗せてにこにこしていて、何かいつも意表を突かれるというか笑ってしまった。
 
ベアトリーチェは現在、他国で活躍中と聞く。賢さんは数年後に帰国し、2015年に東京の錦糸町で「サン・ヤコピーノ」という自分のお店を始めた。小さなヤコポという意味の可愛らしいお店で、賢さんが身に沁みついたトスカーナの料理を出している。 
(2010.3.10)


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イタリア料理を知る その7 :: 2022/07/23(Sat)

イタリアに着いて初めての土曜日は、皆と一緒にルッカの街に出かけ、ローマ時代の面影を残すアンフィテアトロ広場に面する「リストランテ・カヌレイヤ」に行って夕食を取った。小さな町のリストランテというものはいいものだ。夕暮れ時にそこだけぽっと明かりがついている。ドアを開けると、ナイフとフォークが微かにたてる音、楽しそうなおしゃべりや笑い声。シェフのパオロは、かつて東京のサバティーニ・ディ・フィレンツェでシェフを務めた人で、奥様は日本人。お二人で料理のことを丁寧に説明してくれた。私が食べたのは鳩のラビオリとミラノ風のカツレツ。皆がそれぞれに興味のある料理を頼み味わった。日曜日はルームメイトのエリちゃんとてくてく歩いてスーパーに買い物に行ったり、一緒にご飯を作ったり、翌日の料理講習のレシピを辞書を引き引き読んだりして過ごしたが、部屋の中は相変わらず寒く、暖房をつけても一向に暖まらない部屋で凍えた。

明けて月曜日はジャンルーカの授業。メニューはアジアゴチーズとキノコの取り合わせ、グリルしたアーティチョークのマリネ、野菜のファルチアとクレープ、ミラノ風リゾット、仔牛肉のオッソブーコ、そしてトルタ・デッラ・ノンナ。 ジャンルーカのタルトは絶品だ。「タルトの材料はまとめるだけでこねてはいけないよ。」と言いながら、台の上に粉を広げると千切ったバターや玉子、それにオレンジの皮をたっぷりと削って手早く混ぜ、全体をまとめたら大きな手でほんの数回押して綺麗な生地にしてしまう。いわゆるパスタフローラだ。「トルタ・デッラ・ノンナ」つまり「おばあさんのタルト」は、この生地をのばしてタルト型に敷きこんだら一度空焼きし、カスタードクリームを入れて同じ生地で蓋をする。上にたっぷりの松の実を振ってオーブンでこんがりと焼く家庭的なドルチェだ。たった二つの構成要素、パスタフローラとカスタードの出来が全て。シンプルなものほど材料が重要でかつ難しい料理であることの典型だ。粉はパスタやピッツァを作るファリーナ00より一段粗い0粉を使う。さらさらとしたこの粉を使うとタルト生地がさっくりと焼けるが、それでもこねすぎれば不要なグルテンが出来上がって焼き上がりが固くなるし、どこまでこねるかの微妙な見極めは本人の経験としか言いようがないのだと思う。要するに手わざである。生地を押していてああここだなと思ったところというよりも、それさえ考えなくても自然に手がとまるのだろう。ジャンルーカはおそらく10代のころからやっているはずだ。
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中に入れるカスタードクリームを作る。鍋に牛乳を入れてレモンの皮を少し入れる。レモンの皮を入れて沸かすと牛乳にレモンの香りが付いて、他の材料と合わせてじっくりじっくり木のヘラでかき混ぜながら火を通すと、爽やかな香りのカスタードクリームが出来上がる。パスタフローラにはオレンジの皮を入れ込み、カスタードクリームにはレモンの皮でお香りをつける。初日のドルチェもそうだったが、ジャンルーカは柑橘類の香りをドルチェに付けるのが本当に上手い。

飾り気もなにもないドルチェだが、さっくりした生地がほろっと崩れたところに柔らかいカスタードクリームが乗っかった姿はいかにも美味しそうだ。口に運ぶと柑橘類の香りをふっと鼻に抜けるし、噛むと松の実の香ばしさが広がる。全く言う事の無いドルチェだ。宝石のような華やかなドルチェが必要な場もあるだろうが、家族や本当に親しい人達と食事をするなら、だれもが美味しいと思うこんな優しいドルチェで食事を締めくくりたいと思う。お婆ちゃんのタルトという名前の所以。祖母の膝の暖かさを思い出してしまうそんなドルチェ。いつか私も作れるようになるのだろうか、長い長い年月をかけて。
(2010.3.8)


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