「なぜ、下処理の見本として置いたカルチョーフィを他のものと混ぜたの。」と眉を吊り上げた厳しい表情で言われた。ごもっとも。カルチョーフィ、つまりアーティチョークの堅い額を何枚も取り、縦に半分に切ったら、中のもそもそとした綿毛のようなものも取る。そのやり方を見せてくれて、この通りにやりなさいと見本を一つまな板の上に置いてくれたのに、自分で処理したものと一緒に混ぜてしまった。レモン汁を垂らした水の中に全部ぷかぷかと浮いている。この日のシェフ、マニュエラ・マンガーニはピサ近郊でケータリング専門の飲食店を営む女性のシェフだ。料理は、「情熱」、「知識」、「経験」である。実習に入る前の座学で、他の人よりも一段のりの効いたコックコートを着ていると思わせる彼女が言った。
この日の料理も、トスカーナの伝統料理を一度分解して再構築したものだ。ズッキーニとタイム、酔いどれダコと白いんげん豆のミニサラダ、アーティチョークとスミイカのサラダ、スミイカ入りパスタ生地を重ねたミニラビオリ、塩ダラのオリーブ風味に松の実入り緑色のパン粉添え、洋ナシのワイン煮生クリーム添え。
彼女は引き締まった表情を変えずに続けた。「トスカーナの料理は、素材を長く火にかけ、カロリーが高いものが多いのです。昔は暖房がない家も多かったし、肉体労働をする人がほとんどだったから。現代は住環境がよくなり、人々の働き方も変わった。体を動かすことが少なくなくなりました。それに合わせて、我々料理人も料理法を変えていかなければなりません。お客様の健康を考えることは料理人の重要な役目です。」マニュエラの他にも、料理人は薬の処方箋を書くように、食べる人の健康を考えて料理をしなければならないと言ったシェフがいた。家庭料理において、家族の健康を考えて料理を作るようなことが本当にリストランテでもされているのだろうか。
マニュエラは話を続ける。「トスカーナの料理は貧しい人達が作った料理が非常に多い。どんな残り物でもそれを使ってもう一品。残り物を他の物に変える料理法はトスカーナ料理の大きな柱です。残ったパンも絶対に捨てません。今日は湯剥きしたトマトの皮も捨てません。パンはパン粉に、トマトの皮は乾燥させてパン粉に混ぜて赤いパン粉を作りなさい。工夫して無駄をしないように。それはリストランテの経営にもつながることです。」
確かに、学校のオーブンの上には、食事の時に残ったパンを置くところがあって、スライスされたトスカーナパンが無造作に転がっている。オーブンを使っている間にパンが乾燥し、からからになったら専用の機械で引いてパン粉にするのだ。日本の家庭料理だとほとんど揚げ物にしか使わないこのパン粉を、イタリア料理では香草を混ぜて魚の上に乗せてグリルしたり、野菜の詰め物にしたり、ドルチェを作ったりともっといろいろな使い方をする。
料理が余ったらもう一度手をかけて、家族の口の中に入れる。料理人はお客様の健康を考えて料理をつくる。トスカーナの料理は貧しい。けれど優しい。そんなところに徐々に惹かれていった。(2010.3.12)
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