小さい頃コックさんと言われたらこういう姿を想像するに違いない。マリオ・ネッリは御年79歳。トスカーナの古都シエナの出身。優しい眼差しで素材を見、私達を見た。
ほとんど黒に近い、深い緑色のごわごわとしたカーボロネッロという野菜。そのまま訳すと黒キャベツだが、キャベツと言っても私達が日本で食べている千切りにすればふわふわと、ソースをかければそのままで十分美味しいというものではなく、細長いケールと言った方が正しい。このカーボロネッロを一度柔らかく茹でてからにんにくのみじん切りと一緒に炒め、薄切りのパンの上に乗せて食べるブルスケッタがこの日のアンティパスト。
何年か前にこのカーボロネッロを畑で育ててみたが、真冬の寒さの中でも何ともないよという風にのびのびというか、ぼさぼさと生えてきて取っても取ってもまたしばらくすると脇から葉が出てくる。葉物野菜が少なくなる真冬にあってもビタミンを補給できる貴重な野菜なのだろう。
アンティパストのもう一品は鶏の脾臓とレバーのクロスティーニ。脾臓も入れるのかと思っていたら、他のシェフのレバーのペーストの時には鶏のとさかも入っていた。レバーと一緒に炒めてペースト状にし、同じくパンに乗せて食べる。
パスタはピーチというスパゲッティのご先祖様のようなイタリアでも一番古い型の麺だ。マリオ・ネッリが柔らかい生地をくるくるひゅっと手品のように伸ばした。日本のうどんのような太さだ。これはアリオーネというにんにくがたっぷり入ったトマトソースで食べた。美味しい。
プリモピアットをもう一品。アクアコッタというズッパ。ズッパをなんと訳せばよいのだろう。よくスープと言われることがあるが、さらさらと汁気が多いものではなく、もっと具が沢山入っていてどろどろと濃厚なもの。あえて訳すならごった煮という方が近いと思う。たいていは固くなったパンを仕込んである。アクアコッタは、ズッパの中でも古いもので、外で仕事をする人達が焚火にかける飯盒のようなものを持って行き煮炊きしたものが原型だそうだ。アクアは水でコッタは煮るという意味なので、水で煮たという素朴極まりないものだったのだろう。現在のアクアコッタは、やはり固くなったパンを皿の底に敷き、野菜のスープを注いだらパルミジャーノチーズをたっぷり振って玉子を落とす。これをオーブンで焼きグラタン状になったところを食べる。この料理を2022年2月現在の私の教室のメニューにあげた。いかにも田舎っぽい、飾り気の無い、レストランでは決して出てこない料理だが、ただただ暖かさが体に染みる。
セコンドピアットのキャンティ風鶏の煮込みとドルチェのおばあさんのピノラータ。この日の料理はどれも親しみやすく、お代わりしたくなる。全部好きだと思った。マリオ・ネッリの綺麗な白髪、笑顔で作られた顔の皺。よく働いた大きな分厚い手。素朴な料理には年季がいる。
(2010.3.3)
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